理科が大好きだった私は、色覚のせいで文科系に変更後一浪し早稲田大学にかろうじて合格し上京した。実家の世話になるのが嫌で線路工夫・ビルの窓拭き・土木作業員などをしながら勉強した。もっと学ぼうとヒッピーになり日本中の村を1年かけて無銭旅行した。旅の最後に同世代のジョブズが作ったアップルコンピュータを見て感涙した。
故郷に戻りアップルコンピュータ販売店の役員になった。苦手な色がコンピュータを使うと自由に扱えることがうれしかった。仕事以外では自然や環境を守る活動が多くなった。休日はカヌーで吉野川を下った。分散型エネルギーに傾倒し徳島初の太陽光発電住宅を設計した。
東京に住む知人が会社を興すからというので再度上京した。徳島の吉野川可動堰問題はインターネット上で広がりを持つようになった。ネットの中で動いていると色弱者の団体をいくつか見かけるようになり色覚に関するさまざまな事を知った。

色覚検査装置「アノマロスコープ」を使う筆者
日本における色弱者の問題はいくつかに分類でき、人権に関する問題、「異常な色覚」ではなく「人類の色覚には多様性がある」という科学的に正しい認識を広める事。さらに情報伝達における色使いが配慮に欠けている点を是正しなくてはならない事などがある。しかしどう考えても直すのが当たり前だ。しかも高度に専門的な観点から考えなくてはならないはずである。
未来から過去を振り返ると、色覚配慮のない今の社会は奇妙に見えるはずだというビジョンがあった。そうなるとこれからやるべき事が見えてくる。真剣に取り組むなら会社を辞めなくてはならない。
ネットで知り合った有志が集まり何かできないかと相談するようになった。私は会の末席に加えていただき、個人的には色の勉強を続けていた。2002年のことである。
(NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構=CUDOH理事)(金曜掲載)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年11月18日付掲載
色彩にあふれる現在の社会は、色弱者にとっては生きにくい世の中という認識をみんなのものにしていかないといけないのですね。
「人類の色覚に多様性がある」って科学的な正しい認識、情報伝達における色遣いの配慮などなど。それを是正していくには高度で専門的な観点が必要だっていうのだから、それ自体でひとつの学問になりそうですね。