
平和記念像
天心の三日月の上に
幻でない母と子の像
それこそ永遠の平和の象徴
童子よ母み愛につつまれて
金のトランペットを吹き鳴らせ
天にも地にも透明な
平和な調べ呼びおくれ
どんな未来が来ようとも
頬っいっぱいふくらまし
No More Hiroshimaの
金のトランペット吹き鳴らせ
1978年8月
草野心平

平和観音

平和供養塔

被爆した墓石
慈仙寺内にあった広島藩浅野家の御年寄岡本宮内の墓であり、被爆により、墓の笠にあたる相輪が飛び崩れたものである。

在日韓国人慰霊碑
第2次世界大戦の終わりごろ、広島には約10万人の韓国人が、軍人、軍属、徴用工、動員学徒、一般市民として在住していた。
1945年8月6日原爆投下により、2万余名の韓国人が一瞬にして尊い人命を奪われた。
広島市民20万犠牲者の1割に及ぶ韓国人死没者は決して黙過できる数字ではない。
爆死したこれらの犠牲者はだれからも供養を受けることなく、その魂は永らくさまよい続けていたが、1970年4月10日、在日本大韓民国留民団広島県本部によって悲惨を強いられた同胞の霊を安らげ、原爆の惨事を二度と繰り返さないことを希求しつつ平和の地、広島の一隅にこの碑が建立された。
希望の念にかられつつ異国の地で爆死した霊を慰めることはもとより、今もなお理解されていない韓国人被爆者の現状に対しての関心を喚起し、一日も早い良識ある支援が実現されることを念じる。
在日韓国青年商工人連合会及び有志一同
日本語と合わせて、ハングル、英語で説明文があります。

中島本町の慰霊碑。
この町も、原爆投下で全滅したのでしょう。
一つひとつの慰霊碑に、慰霊と真の平和を求める願いがこめられています。